小出地区の地名
文献に現れる小出地区の地名
現存する地名で、茅ヶ崎市内で最も古いものは、小出と中島である。
日本で最初の百科辞典といわれる『倭名類聚鈔』で、だいたい9世紀頃の状況が表されている。その地名の部に、相模国高座郡内に渭堤、河会、大庭の3郷と、大住郡内に中島郷が記載されている。
郷は郡の下の単位で、50戸で1郷を形成した。渭堤は、イデと読み、小出に通じる。渭堤は、現在の堤と芹沢にあたると考えられている。
市域には、4つの郷が存在し、生活が営まれていたことが窺える。
その後、12世紀になると、現在の藤沢市大庭を中心とした一帯に、勢力をもっていた平景正(鎌倉権五郎)が、先祖伝来の所領を伊勢神宮に寄進したことに端を発し、50年もの歳月を経て、長治年間(1104年から1105年)に、大庭御厨が成立する。御厨とは、伊勢神宮を本所とする荘園という意味で、供物を納める神領のことである。
大庭御厨12郷の内、懐島、香川、菱沼の3郷、大庭御厨に含まれない伊勢神宮神領として堤が、郷名として登場する。
現在の茅ヶ崎市の母体となった、近世の23の村落。その原型として、大庭御厨の懐島、香川、菱沼、堤が手掛かりとなる。
参考資料:(地図集『大地が語る歴史』茅ヶ崎市史現代第7巻 98頁 小風秀雅、 162頁 柴田貴行 平成9年 茅ヶ崎市)
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください
このページに関するお問い合わせ
市民部 小出支所 総務担当
〒253-0008 茅ヶ崎市芹沢888番地
電話:0467-51-0005 ファクス:0467-51-5840
お問い合わせ専用フォーム