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ロケット火薬実験の地記念碑

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ページ番号 C1039354  更新日  令和2年9月4日

日本初ロケット火薬実験の地記念碑

記念碑

平成27年8月9日に『日本初ロケット火薬実験の地記念碑建立実行委員会(委員長 前川義憲氏)』より、今後の宇宙教室事業や次世代を担う子どもたちをはじめ、多くの市民の方々が宇宙・科学に関する夢を持つこと、夢を育むことに役立ててほしいと、茅ヶ崎海岸の汐見台と東海岸に建立した記念碑と約15万円の寄付金を贈呈いただきました。

日本初ロケット火薬実験の地とは(ちがさき宇宙フォーラムHPより)

2012年に平和学園賀川村島記念講堂で開催した第7回ちがさき宇宙記念日において、的川泰宣JAXA(宇宙航空研究開発機構)名誉教授が「1934年(昭和9年)に日本で最初にロケットの打ち上げが行われたのはこの辺りの海岸だった」と仰いました。

日本の宇宙開発の第一歩として挙げられるのは、1955年(昭和30年)4月12日に東京都国分寺市で公開試射された糸川英夫博士のペンシル・ロケットですが、このロケットの燃料に結実する火薬を提供したのが村田勉博士とのことです。その火薬の開発実験地が、当時、横須賀海軍砲術学校辻堂演習場であった汐見台でおこなわれ、さらに終戦までに茅ヶ崎海岸一帯に拡大されていました。

この地にお住まいがあった加山雄三氏の記憶では、終戦直前、ご自宅の前の海岸に「ロケット研究所の発射試験場」があったと言っておられ、そこに勤務していた人の証言もあります。

土井隆雄・野口聡一両宇宙飛行士を輩出したこの地が、日本の宇宙への挑戦の曙に深く関わっていたことに感銘を受け、このことを多くの人に知っていただき後世に伝えるために、『日本初ロケット火薬実験の地』の記念碑を募金にて建立しました。

海岸へお出かけの際はぜひお立ち寄りください。

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