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長谷(ながやと)B遺跡群

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ページ番号 C1009866  更新日  令和3年2月18日

縄文時代早期のキャンプ地

 茅ヶ崎市甘沼に所在した女子美術大学(短期大学、幼稚園)の広大な跡地で確認された長谷B遺跡は、堤坂下あたりで分岐する駒寄川の南側支流に囲まれた丘陵上で営まれた旧石器時代から縄文時代早期の遺跡です。
 大学のグラウンドなどの整地のため表土の多くがすでに削られてしまっていましたが、平成3年2月から4月に行われた確認調査により、庭園となっていた敷地の高い範囲(標高47メートル)には縄文時代の地層(黒土)が残っており、縄文時代早期後半(7000年から8000年前)の土器や石器類が包含されていることが明らかとなりました。また、それらの遺物が出土するところには、不整の楕円形状の掘り込みがあることがわかり、そのうちの1基を調査したところ、縄文時代早期後半に特有な炉穴(ろあな:大きさは2×1.5メートル、深さ40センチメートルから50センチメートル)であることが判明しました。
 この時期は定住生活がまだ一般的ではなかったため、キャンプのような短期的な簡易の宿営地を転々としていたと考えられ、炉穴は調理や暖をとるための重要な施設であったと思われます。火(炉)を竪穴住居内に組み込むには、まだ技術的に時間が必要だったと推測されます。
 出土した土器は、土器を作る時に粘土に草木の繊維を練り混ぜ、ギザギザの貝殻の背で器面をこすったタイプの土器(貝殻(かいがら)条(じょう)痕(こん)文(もん)土器)であり、中には尖り(とがり)底(ぞこ)の土器破片(拓本の26)も含まれていました。また一緒に出土した石器類は、礫器(れっき)(簡単な斧状用具)やたたき石、石皿、すり石などであり、石器としてもまだ稚拙(ちせつ)なものが主体となっています。
 氷河時代が終わり温暖化が進むこの時期、縄文の人々は整いゆく植物環境に心を躍らせながら、貝や魚などの海産物をも食料の対象とし始めたことが、土器などから読み取ることができます。
 また、本遺跡の北側では黒土層の下部に厚く堆積する赤土層の上部から自然の礫(石)が2個発見されたことにより、旧石器時代後期(18000年前)の遺跡でもあることが判明しました。

炉穴(ろあな)群の確認状況

長谷B遺跡の丘陵地形(小出県道から)

2号炉穴の発掘調査風景

縄文時代早期の遺物出土状況

2号炉穴の完掘状況

赤土層で発見された小礫(小石):旧石器時代末

炉穴群に関係する石器類(石皿・たたき石・すり石)

炉穴群に関係する石器類(石皿・たたき石・すり石)(26は尖り底土器の底部断面)

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