令和8年1月16日 浜之郷小学校で被爆体験伝承者による講話が行われました
令和8年1月16日 浜之郷小学校で被爆体験伝承者による講話が行われました
- 掲載日
- 令和8年2月6日(金曜日)
1月16日、浜之郷小学校6年生を対象に、広島市が養成した被爆体験伝承者による講話が行われました。
今回お話しいただいた甲斐 晶子(かい あきこ)さんは、広島平和記念資料館でヒロシマピースボランティアとして、日本語・英語での案内をしながら、被爆体験伝承者として御活動されています。今回、甲斐さんに語っていただいたのは、被爆体験証言者として長年にわたって平和を訴えてこられた、兒玉 光雄(こだま みつお)さんの被爆体験です。
爆心地から850メートルに位置する広島第一中学校で被爆した兒玉さんの記憶には、原爆によって一瞬で命を奪われた級友たちの姿が、生々しく刻まれていたそうです。炎が迫り来る中、瓦礫の下敷きになった級友たちを助けることはできませんでした。死を覚悟した級友たちが最後に歌い始めた校歌は、生涯、兒玉さんの耳から離れることはなかったそうです。
戦後、長い年月が経っても、至近距離で放射線を浴びた兒玉さんの染色体は異常な構造となり、長年にわたりがんに苦しめられ続けました。被爆を生き抜いた後もなお苦しみを与え続ける原爆に対し、「核と人間は共存しない。二度と被爆者をつくってはいけない」という言葉を、兒玉さんは次世代に残しています。幾度もの手術を乗り越えながら、兒玉さんは自身の悲惨な体験と平和への思いを、懸命に語り続けてこられました。
児童たちは戦争が起こった背景や「欲しがりません 勝つまでは」という戦時中のスローガン等を聞き、当時の様子を集中しながら聞いていました。兒玉さんを含む3人の被爆体験者のお話を語り継いでいる甲斐さんは、「平和は待っていてもやってこない。今を生きる私たちには、戦争のない世界を作る責任がある」という言葉を、子どもたちに贈りました。講話後の質疑応答では、「当時、お米はどれくらい貴重だったのですか」「戦争が終わってから、どれくらいで学校に行けるようになったのですか」など、多くの質問が児童から寄せられました。甲斐さんは、質問の多様さに目を見張りながらも、一つ一つに丁寧に答えてくださいました。
戦後80年が経過し、被爆当時のことを直接知る人は少なくなっています。次世代に平和への思いを継承していくため、本市では今後も平和啓発事業に取り組んでまいります。
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