令和7年12月18日 被爆体験証言者講演会「被爆者が語る あの日あの時…」を開催しました

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ページ番号 C1066342  更新日  令和8年1月9日

令和7年12月18日 被爆体験証言者講演会「被爆者が語る あの日あの時…」を開催しました

掲載日
令和8年1月9日(金曜日)
取材場所
市役所
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 令和7年12月24日に茅ヶ崎市核兵器廃絶平和都市宣言から40年を迎えます。このことを記念し、12月18日に被爆体験証言者講演会「被爆者が語る あの日あの時…」を開催しました。

 (公財)広島平和文化センターの被爆体験証言者として、県内外で御活躍され、主に国立広島原爆死没者追悼平和祈念館・広島市平和記念資料館で御活動されている山瀬 潤子(やませ じゅんこ)様を広島からお招きした講演会には、会場では50名以上の参加があった他、オンラインで西浜中学校二年生3クラスも参加しました。

 山瀬様は8歳の時、爆心地から2.2キロ離れた自宅で被爆しました。家族は奇跡的に無事だったものの、隣の家の人は大けがを負い、悲惨な様子だったそうです。 80年たった今も鮮明に思い出せるのは、水を求める被爆者の行列のことだそうです。ぼろぼろの衣服を身にまとい大やけどした人々に兄が水を差しだすと、 「ありがとうございました」とお辞儀をして皆行列に戻り、どこかへ向かっていったそうです。誰ひとり、我先に水を、と横入する人はおらず、ただ静かに御礼を言って去っていく人々の姿を忘れられないと言います。

 原爆が落ちたときに広島市にいた人は約35万人、原爆の影響でその年の瀬までに亡くなった方は14万人(±一万人の誤差があるとも)と言われています。多くの人がこれから生きるはずだった人生は無残にも一発の爆弾によって奪われてしまったという事実を目の当たりにした体験者の言葉は、強く心に残りました。

 講演会の最後、山瀬様はこれからを生きる世代に向け、「戦争と平和について知り、学び、考え、それぞれの立場で自分にできることから始めましょう」と語りました。戦後80年が経ち、戦争を知らない世代が国民の大多数を占めるようになりました。次代を担う私たちは過ちを二度と繰り返さぬという決心を持ち続け、先人から受け継いだ平和を希求する心をつないでいく責務があります。

 市民の皆様に「平和の尊さ」を改めて感じていただくために、市は今後も平和啓発事業を実施してまいります。

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