巨匠の足跡を訪ねて 世界的に評価されている映画監督の小津安二郎監督が脚本を書いていた宿としても有名な茅ヶ崎館(中海岸、国登録有形文化財)。仕事部屋として使っていた「二番の部屋」へ泊まるため、近年海外からも多くの観光客が足を運び、映画ファンの「聖地」となっています(写真)。この特集では、茅ヶ崎市や湘南の文化にとって貴重な建造物である茅ヶ崎館の魅力と茅ヶ崎館が会場にもなっている茅ヶ崎映画祭を紹介します。 「映画遺産」を後世に 秘密が詰まった部屋 ツツジが見頃を迎えた4月下旬、中国人のアン・インさんらは二番の部屋への宿泊を目的に茅ヶ崎館を訪れました。小津監督が定宿していた当時のままの姿で残された部屋に入った瞬間を「とても感動的でした。静かで美しく、本を書くのに適している場所と感じました」と喜びを隠せない様子でした。滞在中の3日間は、部屋でゆっくりと過ごし、「小津監督の世界観に触れたい」と笑顔で話しました。​ ヨーロッパ、アジアなど海を越えて訪れる人が増えている二番の部屋。宿泊客の3人に1人は外国人だといいます。茅ヶ崎館五代目館主の森浩章さんは部屋の魅力を「あの部屋には小津映画の秘密が詰まっています。部屋にいるとさまざまな撮影技法を感じることができるんです」と語ります。小津監督はこの部屋でカメラの構図を考え、実際の撮影に取り入れていました。「小津調」と呼ばれる特徴的なローアングルや日本庭園までの奥行きのある表現など、映画ファンが感激する多くの要素が詰まっています。​ また、この部屋で執筆された作品の多くが映画や本などで世に出ています。5月19日に開かれた第71回カンヌ国際映画祭で最高賞の「パルムドール」を受賞した是枝裕和監督も脚本を書く際に利用しています。フランス人作家のル・クレジオさんはこの部屋に泊まった後にノーベル文学賞を受賞するなど著名な方が多く滞在しています。 昔の茅ヶ崎がここに​ 重厚感のある広間や明治時代から使われている風呂、光を美しく反射する庭園―。 茅ヶ崎館のもう一つの特徴は昔の姿がそのまま残っていることにあります。館内に足を踏み入れるとどこか異空間に入った感覚になります。どれも今の時代では大変貴重なものばかりです。 近代化が進み、創業時には何もなかった茅ヶ崎周辺の景色は大きく変わりましたが、茅ヶ崎館の建物や庭園は明治から昭和初期までの雰囲気を感じることができます。森さんは「昔の茅ヶ崎を感じようと市民の方もよく泊まりに来られます。この世界観に触れたい方が多いんだと思います」。しかし、昔のままの状態を維持するのは決して容易なことではありません。庭園の管理のほとんどを森さん一家で行っています。「そのまま残すことは本当に大変。でも、ここは世界の映画遺産だと思っています。それを自分は数十年預かっています。この貴重な遺産をいつまでも大切にしていきたいです」 ①4月下旬にツツジが見頃を迎え、海外からも多くの観光客を出迎える玄関②茅ヶ崎館は1923年の関東大震災で大きな被害を受けたが、風呂は明治時代からの姿がそのまま残っている③小津監督やゆかりのある方々の貴重な資料が展示されている待合室④日本に最初に持ち込まれたとされるサーフボードが玄関の脇に飾られている⑤色鮮やかで季節を感じる庭園 有志が選んだ珠玉の10作品​ 茅ヶ崎映画祭 ​茅ヶ崎館も会場の一つになっている茅ヶ崎映画祭。有志が中心となり手がけ、期間中は市内各所で全10作品が上映されます。有志が「一人でも多くの人に見てもらいたい作品」、「今の日本人にはない大切なことを伝えている」など、珠玉の作品を厳選しました。梅雨の時期、映画の世界に浸ってください。​ きっと世界が広がる 茅ヶ崎映画祭は映画に情熱を持っている有志が企画、運営しています。映画は娯楽ものから社会性のある作品まで幅広く楽しんでもらえる内容になっています。映画には人の人生を変えるほどの力があります。きっと見た方の世界が大きく広がると思います。ライブ感のある会場でぜひ映画を楽しんでください。 ​昨年、茅ヶ崎館の広間で行われた上映会。今年はロケ地にもなった映画「ハチミツとクローバー」(2006年公開)が上映されます (茅ヶ崎映画祭実行委員会提供) 街と人がつながる手づくりの映画祭 ​6月9日㈯~24日㈰ 映画館だけでなく市内のカフェやギャラリーなど、地域に密着した場所が会場になっています。詳細は、茅ヶ崎映画祭をご覧ください。 茅ヶ崎映画祭実行委員会 info@chigasakikan.co.jp 後援:茅ヶ崎市