実り 耕作放棄地に収穫の秋 耕作放棄地を再生した田んぼに、今年も米が実った。 荒れ果てていた場所が、生命感あふれる田んぼへとよみがえった。  近年、耕作が行われなくなった農地いわゆる「耕作放棄地」が茅ヶ崎でも増加している。増え続ける耕作放棄地をどうすれば減らすことができるのか。この難題に対し、昨年、市内二つの事業者が協力し動き始めた。  耕作放棄地の田んぼを耕し、農地としてよみがえらせた葉物専門農家「大竹農園」。そして、大竹農園と思いを同じにし、生産された酒米から作った日本酒を商品として売り出した湘南唯一の蔵元「熊澤酒造」。  二者が取り組んだ、米作りと酒造りの挑戦。農業と他業種がつながり、耕作放棄地を変える。 耕作放棄地の現状 毎年、野球場1個分の耕作放棄地が発生  日本の農業就業人口は200万人を割り込み、1990年の4割程度にまで落ち込んだ。全国的に高齢者の離農が進み、今後ますます耕作放棄地の増加が懸念されている。  一度耕作を止めた農地には、雑草・灌木(かんぼく)が繁茂し病害虫が発生する。また、ごみが投棄されるなど、周辺の営農や生活環境に悪影響を及ぼす。  茅ヶ崎も例外ではない。農業従事者は25年間で半減し、耕地面積は15年間で160㌶が失われた。毎年、野球場1個分にあたる約1㌶の耕作放棄地が発生。昨年の集計では5・6㌶が耕作放棄地となっている。耕作放棄地の増加は、食料の生産をはじめ、耕地が持つ洪水を防ぐ機能の低下、景観など私たちの生活に大きく関係している。 美しい里山の風景を守りたい  「この美しい里山の風景がいつまで続くのか、時々考えてしまいます。高齢の農家が多く、農作業を続けることができなくなり、新たな耕作放棄地が生まれてしまうことになる」と大竹農園を経営する大竹孝一さんは言葉を漏らした。 多くの時間と手間 それでもやる意義がある  大竹農園が現在保有する約5㌶の農地のうち約3㌶は元々耕作放棄地だった。増え続ける耕作放棄地を活用し、規模を拡大してきた。  耕作放棄地に対し思いを抱くようになったのは、今から20年ほど前、大竹さんが農家になって間もない20歳代半ばの時だった。大竹さんの畑の周りには荒れ果てた耕作放棄地があり、害虫や雑草など悪影響が出ていた。  「父親からは『人の土地に手を出すな』と反対されました。しかし、農家として、また景観の面から一市民として黙っていられなかった」。そして、父親の反対を押し切り、耕作放棄地を再生させ、農地としてよみがえらせる活動を始めた。  一方で、農家として生き残るために規模拡大を目指した。「規模が大きくないと市場で相手にされない」ため、収穫高を増やすことを目的に耕作放棄地を活用。農家として規模拡大のため、そして茅ヶ崎の景観を守るため、大竹農園の挑戦が始まった。  土地をよみがえらせるのは容易なことではない。目に見えるごみや雑草を取り除けばいいというわけでなく、土の中の雑草の種まで取り除く必要があるからだ。元の状態に戻るまで 「畑は3年~5年」、「田んぼは3年」の時間が必要だという。「再生には多くの時間と人件費がかかります。お金のことだけを考えるならきっとやらない方がいい。それでも私たちがやる意義はあると思い続けてきました」。 本格的な対策へ会社を設立 米作りに進出  3年前、農業生産法人株式会社大竹農園を設立。耕作放棄地の活用事業のさらなる促進と農業を志す若者の育成のための仕組み作りに取りかかった。昨年には、父親が手放す田んぼを引き取り米作りに進出。だが、本業の畑とは違う田んぼで自分たちができるやり方を模索していた。 他業種連携が糸口に 酒米作りで耕作放棄地を活用  4年ほど前に、世界的な日本酒ブームで原料の酒米(さかまい)(酒造好適米)が不足した。「多くの蔵元が酒米の確保に奔走しました」と、熊澤酒造で杜氏(とうじ)を務める五十嵐哲朗さんは、当時のことを振り返る。  茅ヶ崎では酒米を作る農家はなく、五十嵐さんは地元の農家に「酒米を作ることができないか」とお願いに回った。しかし、首を縦に振る農家は現れなかった。酒米を新たに作ることで、現在作付けしている米への影響を危惧したためだった。  地元産の酒米を使っての醸造を諦めかけていた昨年の1月、話は大きく動き出した。青年会議所主催の他業種との懇親会の席で、熊澤酒造社長の熊澤茂吉さんが大竹さんから「耕作放棄地で酒米を作りたい。それでお酒を作ってもらえませんか」との提案を受けた。お酒を作ることで地域に貢献できるならと意気投合し、保有していた種もみ「五百万石」を大竹農園に提供。オール茅ヶ崎産の日本酒作りが始まった。  田んぼは耕作放棄地の1反を合わせた計4反で始められた。酒米は一般の食米より米粒が大きく、茎が長いため倒れやすい。一般の食米より育成が難しいとされている。  五十嵐さんは「茅ヶ崎産の酒米で、日本酒を作ったらどうなるだろう。楽しみでわくわくしました」という気持ちと同時に「荒れた土地から作るのは時間もかかり、稲が病気になる可能性もあるのではないか」と収穫まで不安な気持ちも抱いていた。収穫まで、大竹さんから育成状態を確認し、不安は希望へ変わっていった。台風で、川が氾濫する事態に見舞われたが、無事に収穫。放棄地を活用した1年目の事業は成功を遂げた。 オール茅ヶ崎産の誕生 茅ヶ崎産の米で作った日本酒が完成  「全国のほとんどの蔵元が地元産の酒米(さかまい)を使って酒造りをしています。蔵元として、いつか茅ヶ崎産の酒米で造りたいと夢見ていました」と五十嵐さんは振り返る。  今年5月に販売された「茅ヶ崎産米 かっぱの純米吟醸」は、茅ヶ崎産の酒米と工場敷地内の井戸からくみ上げた水、オリジナル酵母と「オール茅ヶ崎産」を使い醸造された日本酒。「少しバニラの香りがし、すっきりとした飲み口に仕上がりました」と五十嵐さん。このお酒を目当てに、熊澤酒造へ訪れる人も多いという。  苦労して作り上げた初めての酒米。大竹さんは「熊澤さんとの巡り合わせがなかったら存在しなかったお酒。すごくおいしいお酒に出来上がっていました」と感慨深げに語った。  そして、2年目の今年、田んぼを7反に増加した。日照不足や収穫間際に度重なる台風の影響があり、想定を下回ったものの約2000㌔の酒米を収穫。大竹さんは「今年は台風で、なかなか収穫できず苦労しましたが、耕作放棄地に明るい未来が見えてきた気がします」と達成感を口にした。 未来へ続く挑戦 耕作放棄地と茅ヶ崎の農家の未来  しかし、耕作放棄地は増え続けている。大竹農園には、耕作できなくなった畑を請け負ってくれないかという依頼がきているという。「今後も継続してこの問題に取り組むために規模を拡大し、もっと効率的に取り組んでいきたいです」と大竹さん。熊澤酒造でも地元産の小麦を使ったビール作りの実現に向け動き始めている。五十嵐さんは「これからも地元の農家さんと協力して、放棄地の減少につながる活動の一役を担っていきたい」と思いをはせた。  挑戦は、これからも続いていく。 収穫時期を迎えた田んぼの前で握手を交わす熊澤酒造社長の熊澤茂吉さん(左)と大竹農園の大竹孝一さん 大竹農園が農業を身近に感じてもらうために実施している「田んぼ再生プロジェクト」。参加者は田植えの他、田んぼでの草取りを体験 田んぼの手入れをする大竹農園の大竹さん 田んぼ再生プロジェクトでは、参加者自らかかしを作成 悪天候の合間を縫って行われた稲刈りで収穫した酒米 度重なる台風の影響を受けたが、2年目も無事に収穫を終えた 巨大な釜で酒米を蒸し上げ、仕込工程へ進む 日本酒の香りや色合いを確認する熊澤酒造杜氏(とうじ)の五十嵐さん 豊かな農地を守るため、取り組みは続いていく 実った稲を手に取り笑顔を見せる大竹さん オール茅ヶ崎産の日本酒 「かっぱの純米吟醸」  大竹農園が生産した酒米を使用し、熊澤酒造の井戸水と敷地内で採取された天然酵母。オール茅ヶ崎産にこだわり作られました。ラベルは熊澤酒造近くの酒にまつわる「河童(かっぱ)徳利(どっくり)伝説」をモチーフにデザインされました。作り手の思いが詰まった一品をご賞味ください。 容量 720ml・価格1490円 問合 熊澤酒造株式会社 ☎(52)6118(土・日曜日、祝日を除く9時~17時) 農家を支援 市の取り組み(一部) 広域連携で新規就農者を支援  市では、藤沢市、寒川町との広域連携で、耕作放棄地の発生を未然に防ぐ取り組みを行っています。2市1町で協定を結び、新規就農者の受け入れ要件を統一化。就農希望者が農家になる資格を得て農地を貸し借りし、農業委員会の審査を受けるまでの手続きを円滑に行うことが可能となりました。また、就農後も安定して農業が行えるようサポートを行っています。これにより農家でなかった方の新規就農が増えています。また、貸し出しを希望している農地の情報を共有化し、他の農家の方が農地を活用できる環境を整備しています。 耕作放棄地再生へ ボランティアにご協力を  耕作放棄地の再生には多くの人手が必要です。市では、耕作放棄地解消ボランティア制度を設け、市民の方にボランティアとして、協力いただいています。現在65人の方が登録、解消依頼があった際に除草作業などを手伝っていただいています。耕作放棄地に悩む地権者とボランティアが協力し、作業した耕作放棄地は農地へと生まれ変わり、市民農園などに活用されます。  28年度は5月、7月に堤、室田で作業を行い、雑草で覆われた約800平方㍍がきれいな農地に生まれ変わりました。参加した方は「自分の手で農地がきれいになっていくのが気持ちよかった」と話していました。ボランティア制度に興味をお持ちの方は、市役所農業水産課へお問い合わせください。 【農業水産課農業担当】 ボランティアの協力で、耕作放棄地の除草作業が行われる